小説 さつまいものひかり 第2回

二次会のファストフード店でストーンズ編集長を待ちながらコーンスープをすすっていると、隣の席のさつまいもが閉じた両まぶたに手をあてて、「はあ…、また本が出せる」とかすかにつぶやいた。さつまいもの指は、白く細く長い。

さつまいもは21世紀に入ってすぐの頃、手記を発表している。1万2千部も売れた。この業界ではヒット作だ。リング医師に「トリックスター」と呼ばれて話題にもなった。
私は、当時のさつまいもを知らない。手記も、これまで読んだことがなかった。

 「あ、どーもーっす、遅くなってさーせん」
 ストーンズ編集長がどかーっとソファに腰をおろした。
 「フミザワさんは、ほんとに編集者ですから。だいじょぶっす」と言った後は、信長の野望以外話題にならなかった。
 
正月早々にマモから電話がかかってきた。「あけましておめでとうございます」と挨拶すると「お父さんな、事務所が取り壊しになって九ツ釜に引っ越したんだ。おまえにかけてた保険を解約するから、はんこかしてくれ」
認知症がずいぶん進んだのだろうか。「え? そんなにたいへんなことになってるの? はんこは探してみる」と言って電話を切った。夕方また同じ電話がかかってきた。
父方のオジに「なんだか妄想が極まってるみたいだ」と連絡すると、「どうも事実なんだそうだ」と返された。ジーザス。家族4人がそれぞれフェラーリ各1台所有して豪邸に住んでも楽に暮らせるほどあった稼ぎを競馬とラマンと贋作骨董につぎ込んだあげく、文無しか。

「私もあなたも象ね。過去を見たがる象」
「いいえ、マドモアゼル。私たちは人間です。そして人間には忘れるという慈悲があります」
テレビから名探偵ポアロが見つめている。

 来週あたりさつまいもに、打ち合わせの連絡をしてみよう。


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