小説 さつまいものひかり 第1回
ある日わたしのさつまいもがひかりを放ちはじめた。
グレーの小さめのトレーナーを着たさつまいもは、寝しなにがまのあぶらの口上を留守番電話に吹き込むおもてなしで一部の人たちをとりこにしていた。さつまいもは、ぽんぽんがぽんぽんがとお手洗いへ行っては舞台から消えてしまうので、フリースクール関係者でも苦笑いする始末だった。ガチだね。さつまいもは、さあさあみなさんものびのびしてくださいと揉み手揉み手でニヤニヤしながら戻ってきて、赤外線スイッチで新しい画像に切り替える。
親が死んでも食休みという演題のさつまいも講座が月に一、二度あるくらいであとはブログを書く日々なのに忙しい忙しいと電話にも出ない。
さつまいもに初めて会ったのは、わたしが学校に行かなくなった日から26年6ヶ月と2日目だった。さつまいもは、指令に服従できない身体を讃える会で司会を務めていた。アルカイックスマイルを浮かべるさつまいもからは、クールミントのガムのような香りが漂ってきそうだった。
ドングリ新聞に連載しているコラムとさつまいものブログ記事を合わせて単行本をつくろうという話はすでにドングリ新聞編集長から連絡してあったので、休憩時間になるとすーっと私のところへ歩いてきた。「はじめまして。編集のフミザワと申します」と立ち上がると、「お待たせしました」と、手作り名刺が差し出された。さつまいも商事と書いてある。えっ?「ご安心ください。空想会社ですよ」とさつまいもがしたり顔で私を見下ろしていた。
「ストーンズ編集長からお聞きかと思いますが、私はブックレットではなく、単行本として売れる本を作るのがいいと思うのです」と切り出すと、
「ホッチキス綴じてもかまわんのです」とさつまいもは言った。
「は?」
「安心して指令に服従しないための教典ですからね」
「教典…」
「作家になりたいわけじゃありませんしね。私はね、お百姓さんになりたいんです。ブログやコラムは、布教活動です。いま指令に服従できないことで罪悪感を覚えている人たちの家のポストに配達してまわりたいと思っています」
「あんなに書けるんですから、きっと売れる本になりますよ。その方がたくさんの方々に読んでもらえます」
「定価、1000円以下でないと困ります」
「それは版元と相談してみてからでないと、部数にもよりますしね」
「わかりませんか?指令に服従できない人の1000円は、10000円ですよ」
さつまいもに後光が差していた。
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