小説 さつまいものひかり 第3回


SOGOのからくり時計の下で午後3時に待ち合わせをした。
 2時50分。すでにさつまいもは到着している。
 「やあ、どうも遠いところよくいらっしゃいました。せっかくですから、人形たちが出てくるのを見てから行きましょうか」
 大のおとなが2人並んで、音楽に合わせて人形が踊る姿をながめる。あっけなく人形は引っ込んだ。
喫茶店は、ブランドショップが並ぶフロアを通り抜けた端にあった。たどりつくまで、さつまいもはジーコについて熱く語る。
 サッカーはルールもわからないが、かろうじてジーコは知っていた。
 隣の資生堂パーラーとは対照的に閑散とした店だった。
さつまいも御用達で、たまに取材を受ける時などここを指定するのだという。さつまいもは、業界では知る人ぞ知る存在なのだそうだ。
さつまいもはカフェオレを、私はアールグレイを注文した。

6年前、甥っ子が生まれるまでは、お年玉をもらっていたんです」
「えっ、いまは貰えないのですか」
「甥っ子にあげる側になりましたからね。毎年、いくら欲しいか聞いて、交渉しながら金額をきめているんです」
障害年金を受給できるようになって、さつまいもの日々から殺伐がとおのいた。自動販売機のおつり返却口に手をつっこみながら歩かなくてよくなったのだ。
電車にも乗ることができるようになった。徒歩か原付で移動していた頃は、友だちに会うこともめったになかった。
 どんな教典をつくりたいのかと尋ねると、どんな教典をつくりたいのかと返された。この日は、甥っ子についてひとしきり聞いて解散した。

2回目に待ち合わせたときは昼どきだった。さつまいもは、蕎麦屋に行きましょうと歩き出した。1日1麺が基本で、なかでも蕎麦がいちばん好きだと言う。
蕎麦屋のテーブルに着くと、さつまいもはノートとシャーペンを取り出した。
「息子の名前はなんと言うのですか?」
「へ? あ、ユキオです」
「ママンは?」
「蓮子、です」
さつまいもは聞きながらノートにメモしている。
「これからいっしょに本をつくるのだから、フミザワさんがどんな人なのか知っておかないとなりません」

私はさつまいものことをブログや以前出版した本で知っているが、さつまいもは私のことを何も知らない。仕事の相手がどんな人間かなんて、そんなこと聞く必要もないし聞かないことがマナーな気もするが、さつまいもにとってはそうではないらしい。私が大手出版社の編集者ならばちがっただろうか。ともあれ、信用されていないのだ、いまは。
生い立ちやきょうだい、最近はほぼ交流のない父のことまで一通り話し終ると、さつまいもは言った。
「蓮子には私が戒名を付けてあげましょう。寂蓮。これからはそう呼びなさい」
ん? 生き仏? 母の顔を思い出しながら、妙にしっくりくるなと納得した。
「ところで、ユキオには、当然、パソコンを与えているんでしょうね」
「あ、いや、私のパソコンをいっしょに使っています。そんなに見るものもないみたいですしね」
白眼視。初めてこの言葉がリアルになった瞬間だった。目の前のさつまいもが、私を白眼視している。
「ど、どうしました?」
「親といっしょのパソコンで、ユキオが自分の見たいものが見れるわけがないでしょう。日記帳を家族で共有する人間がこの世にいますか? いえ、いません。すぐにユキオにパソコンを買ってください」
「はあ…」
「いまどき6万円あれば、立派なパソコンが変えるんですよ。帰ってすぐパソコンを買うようにしてください。でも、フミザワさんが選んで買い与えてはいけません。ユキオに予算を伝えて、ユキオが自分で選ぶようにしてください。パソコンは、思うように動かないものです。親が勝手に買ってきたパソコンがうまく動かなかったら、親のせいだと怒ります。でも、自分で選んだパソコンなら、他人を恨むことなく淡々と動かないことに対処できますからね。自分がいいと思ったパソコンが、よいパソコンなのですよ」

 翌日からさつまいもは毎日メールを送ってくるようになった。
 「ユキオにパソコンを買ってあげましたか?」

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